キャリア・教育
2026.05.20
もし食品の消費税が0%になったら──消費者行動はどう変わるのか
行動経済学で減税を紐解く・第1回


物価上昇対策の目玉として、食品における消費税率の調整が視野に入ってきました。かつて経験したことのない減税という局面で「消費者の本音や心理的なバイアス」はどうなるのか。行動経済学コンサルタントの橋本之克氏に聞きました。
第1回では、消費行動がどのように変化するか、行動経済学の視点で語っていただきました。
行動経済学コンサルタント
橋本 之克氏
行動経済学コンサルタント
橋本 之克氏
広告代理店時代に「行動経済学」を活用したマーケティング・ブランディング戦略を多数手がける。独立後はコンサルティングの傍らで、昭和女子大学現代ビジネス所研究員、各大学で講師を務める。
消費を動かすのは金額のインパクトより社会的「風潮」
これまで消費税は段階的に引き上げられてきました。生活者にとっては「負担が増えていく経験の積み重ね」でしたが、いま議論されている減税はその流れとはまったく逆であり、我が国では初めての経験です。何が起こるのかはこれまでの延長線上で読み解くことはできません。そこで、橋本氏に行動経済学の視点から、どのような変化が起こりうるかをうかがいます。
橋本氏
行動経済学は、人が実際にどのように判断し、行動するのかを現実に即して捉える学問です。経済学と心理学が融合し、おもに「損得」に関わる人間の心理を分析する学問ですね。通常の経済学は合理的、利己的と人間を捉えますが、行動経済学は「人間はなぜか不合理な選択や行動をとる」という前提です。
今回の減税は通常のセールにおける「8%割引」に相当し、経済学的には数字のインパクトは限定的と感じられるかもしれません。しかし、行動経済学の視点からは、消費者の購買意欲は高まる可能性も考えられます。人は価格そのものだけで動くわけではなく「みんなが安くなったと言っている」「安い時期らしい」など、社会的な「風潮」に影響を受けやすいのです。こうした心理は【バンドワゴン効果】(用語1参照)と呼ばれています。
行動経済学用語 ①.バンドワゴン効果
「みんなが買っている」というムードに乗りたくなる心理。
音楽を流して走るバンドワゴンにお祭りの人々がついていく様子から名づけられた
まとめ買いから都度買いへ来店頻度の変化をチャンスに
橋本氏
通常のセールと今回の減税との違いは「2年間」という比較的長期間に及ぶという点ですね。加えて、政府主導で行われる点も違います。「あらゆる店で、誰もが安く商品を購入できる」という状況は非常に珍しく、消費者には「国民全員参加のイベント」のように受け止められるでしょう。こうした条件下では、消費は前向きに動きやすいと考えられます。ただし、その動き方は決して単純ではありません。
海外で事例のある食料品減税――参考になる点を橋本氏に聞いてみました。
橋本氏
物価高が続くなかで、安いものを選ぶという消費行動自体は変わらないでしょう。一方、海外事例のレポートを見ると、「日常品のまとめ買いが減り、PBなど安い商品を、必要な分だけその都度購入する」という動きが顕著だったようです。これは、減税により【感応度逓減性】 (用語2参照)が働き、支出への痛みの感じ方が弱まったと解釈できます。日本でも同様の変化が起こる可能性があり、小売業にとっては来店頻度や生活者とのコミュニケーションの機会が増えるという重要な示唆を含んでいます。
行動経済学用語 ②.感応度逓減性
同じ支払いでも繰り返すうちに痛みが弱まる心理特性。
今回のケースでは、減税によりこまめな支出への心理的ハードルが下がることをさす
高級志向よりも“確実な得”をする堅実消費へ
橋本氏
2年間にわたる減税で「常に安く買える」という安心感から、消費者の心理は落ち着いたものになると考えられます。その際、【反転効果】(用語3参照)の影響を受ける可能性があります。常に買い続ける、日常的な買物の節約志向は薄れ、有名食品メーカーの商品など、普段は値下げされにくい商品への関心が高まるかもしれません。
逆に、浮いたお金で高級食材に手を伸ばすといった冒険的な行動はそれほど増えない可能性があります。こうした消費行動は、通常行われるようなセールで「限られた機会を最大限に活かそう」とする人が起こすものです。
また今回の減税は消費者にとって、新たな生活習慣を身につける機会でもあります。健康増進のために、機能性ヨーグルトやサプリメントの定期購入を始めるといった行動もあるでしょう。「お得」を単なる価格の安さと捉えるのではなく、体験価値まで含めて設計することが重要ですね。
行動経済学用語 ③.反転効果
ポジティブな状態ではリスクを避けて、確実な得を取りに行く傾向。
逆にネガティブな状態では一発逆転に期待したり、大きなゲインを取りに行く
かつて経験したことのない減税という局面で「消費者の本音や心理的なバイアス」はどうなるのか。行動経済学の視点で紐解いていきました。第2回では、こうした心理を踏まえながら、企業に求められる役割や姿勢について考えていきます。
※本記事は、イオングループ内マーケティングレポート「イオンのアンテナ」をもとに抜粋・再構成したものです。
聞き手プロフィール
明治大学MBA専任教授 白鳥和生氏
1990年日本経済新聞社入社。速報部や消費産業部などを経て、2014年より調査部に所属。小売や外食、食品メーカー、流通政策を長年取材。日本経済新聞や日経MJのデスクも歴任。小売や食に関する著書も多数。
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