トレンドレポート
2026.02.05
なぜ今「睡眠の質」が注目を集めているのか?生活者の意識が変わった理由
目覚め始めた「睡眠」市場・第1回


健康志向の高まりで、睡眠は“単なる休息”から“心身を整える”時間へと進化しつつあります。日本の睡眠関連市場は1兆円を超えるとの推計もあり、今後も成長が期待されます。そこで、スリープテックに深い知見を持つ日本睡眠科学研究所の野々村琢人氏にお話を伺いました。第1回は、睡眠の質に注目が高まっている理由を生活者の意識変化から考察します。
西川株式会社
日本睡眠科学研究所 所長
野々村 琢人氏
西川株式会社
日本睡眠科学研究所 所長
野々村 琢人氏
理学修士、技術士(情報工学、総合技術監理)。東芝入社後、ソフトウェア工学やIoT技術などの研究開発に従事。西川(株)の研究所長に就任し、睡眠生理や寝具、SLEEP TECH®の研究開発を推進。睡眠/PHR(Personal Health Record)のデータ標準化WGなどを通じてヘルスケアデータ整備・連携にも注力している。日本睡眠学会・産業衛生学会・日本技術士会・情報処理学会などで活動中。
https://www.nishikawa1566.com/company/laboratory/
企業と生活者が共に「眠りの質」に注目する時代に
「睡眠は生産性を支える重要な基盤です」と、寝具メーカー・nishikawaが1984年に設立した日本睡眠科学研究所の野々村所長は語ります。厚生労働省の「健康日本21」で策定された睡眠12カ条や、2015年のストレスチェック制度における睡眠の健康指標化もあり、社会全体で睡眠への関心が高まっています。企業においても、健康経営の一環として睡眠改善を取り入れる動きが広がり、研修やアプリ活用、仮眠スペースの整備などが進んでいます。
一方で、生活者の意識も確実に変化しています。
「かつての日本は“眠らない文化”でした。1980年代の『24時間戦えますか』というCMコピーが象徴的です。2000年代も“最低限寝ればいい”という発想が主流で、2017年に『睡眠負債』という言葉が登場してから、ようやく“質の良い睡眠”が意識されるようになりました」と野々村氏。コロナ禍による生活様式の変化を経て、今はウェルビーイングの文脈で語られることも多く、睡眠は“削る時間”から“整える時間”へと価値を変えています。
グローバルではスリープテック市場が年率10%前後で成長し、睡眠を軸にした「スリープ・エコノミー」は今後数年で世界10兆円規模に達するとの予測もあります。日本でも睡眠サポート関連市場は2030年には2,162億円に達すると予測され、総市場規模は1兆円を突破したという見方もあります。
●睡眠サポート関連のセルフヘルスケア
睡眠の質の向上を訴求した製品やサービスを対象とする。一時的な不眠の症状に効果のある催眠鎮静剤、睡眠のサポートを訴求したサプリメント・食品・ドリンク類のほか、温熱シート・パッドや鼻腔拡張グッズ、アイマスク、耳栓などの生活用品、マットレスや枕など寝具類、スマホアプリを用いた睡眠改善支援サービスなど。
(出典:富士経済「2024 セルフヘルスケア市場の最新トレンドデータとポテンシャル分析」)
“眠りを科学する”ことが、今や消費の新しい基準になりつつあるのです。
日本人は睡眠不足。満足している人は約3割
OECDの調査によると、日本人の平均睡眠時間は世界的に見ても依然として短いままです。日本睡眠科学研究所が2018年から毎年発表している「睡眠白書」でも、睡眠時間が「十分だった」と感じている人は35.3%、睡眠の質に満足している人は34.7%と、いずれも3割台にとどまっています。
●Q・総睡眠時間は足りていますか?(昼寝も併せて)
「nishikawa 睡眠白書2025~日本人の睡眠調査~」によると、10,000人を対象とした調査で「睡眠時間が十分」と答えた人は35.3%にとどまりました。特に女性は10~40代で満足度が低く、男性よりも不満を感じる傾向が強いことがわかっています。これは、就職やライフイベントによる影響が考えられます。
さらに、10代男女の睡眠満足度は前年より10ポイント減少しており、学生など若年層で悪化が顕著になっています。
そして、「睡眠の質に満足している」と答えた人は34.7%にとどまりました。特に10~30代では満足度が低下しており、20代では「非常に不満」と回答した割合が13%に達しています。スマートフォンの利用増加や生活環境の変化、ストレスなどが影響していると考えられます。30~40代では、仕事や子育ての負担により、睡眠の質が低下する傾向が見られました。
また、48.1%が「不眠症の可能性あり」と診断されており、特に10~20代では睡眠時間・質ともに悪化しています。約6割の人が睡眠の質に不満を感じており、日中の眠気や活動の低下を実感しているケースも多く報告されています。加えて、平日と休日の睡眠時間の差、いわゆる「ソーシャルジェットラグ」が拡大しており、若年層や子どもにおいて深刻化していることが明らかになりました。
睡眠の「質」を改善する4つの要素と基本習慣
気になる「睡眠の質」を高めるためには、何に気をつければよいのでしょうか。
「まずは睡眠時間を確保することが大前提」と野々村氏は話します。その上で「睡眠の質」には4つの要素が関係すると指摘します。
「途中で起きない“連続性”、平日と休日の差が少ない“規則性”、体内時計とのずれが少ない“タイミング”。そして“主観”、つまり自分が“よく寝た”と感じられることが何より大切です」
睡眠不足は心身に影響を及ぼし、免疫力や代謝、メンタル面にまで関係します。睡眠が足りないと肥満や肌荒れの原因になり、十分な睡眠をとると成長ホルモンや“幸せホルモン”であるセロトニンが増え、腸内環境も整います。寝具環境を見直すだけでも、腸内細菌のバランスが改善し、日中のストレス耐性が高まるという研究結果もあります。
「朝日を浴びて体内時計をリセットする、午前中に体を動かす、入浴は寝る1時間前に済ませる。こうした基本の積み重ねこそ、良質な眠りを導きます」
7〜8時間の睡眠は、人生を維持するための“必要経費”です
「良い睡眠は寝具だけでなく、生活リズム全体から生まれます。寝る前のスマホ利用や夜更かしは自律神経を乱すため、できるだけ控えたい。私は夜にしたいことがあっても、翌朝に回します」(野々村氏)
睡眠は“失われた時間”ではなく、“明日を整える時間”。この価値転換こそが、快眠への第一歩です。日本人が睡眠の質に目を向け始めたことで、関連商品へのニーズが急速に高まっています。市場の拡大は、単なるトレンドではなく、生活者の意識変革を映し出しているのです。
イオンマーケティングによるデータ検証例
TV番組の放送数から見る「睡眠」への関心
睡眠に関するTV番組は、毎月一定数放送されている。2025年4月には、新生活が始まるタイミングで放送数が増え、「超ホンマでっか?TV」では「ほうれん草のスクランブルエッグで睡眠の質UP」、「上田と女がDEEPに吠える夜」では「日本は不眠大国!?睡眠の悩みを語る夜」など、睡眠の質を高める食事や生活習慣が特集された。
●睡眠に関するTV番組放送数
睡眠市場には、実際にどのような商品やサービスがあり、生活者はどんなアイテムを求めているのでしょうか。
第2回では、スリープテックが牽引する市場の進化や、人気アイテムの動向、そして小売に広がる新たなビジネスチャンスを詳しく見ていきます。
※本記事は、イオングループ内マーケティングレポート「イオンのアンテナ」をもとに抜粋・再構成したものです。
聞き手プロフィール
流通科学大学教授 白鳥和生氏
1990年日本経済新聞社入社。速報部や消費産業部などを経て、2014年より調査部に所属。小売や外食、食品メーカー、流通政策を長年取材。日本経済新聞や日経MJのデスクも歴任。小売や食に関する著書も多数。